人生には、
自分の意思とは関係なく、
突然「終わってしまう時間」があります。
これは、
私の青春が、何の前触れもなく止まった日の話です。
「今すぐ帰って来なさい」
高校にかかってきた、母からの電話。
その時は特に理由も聞かず、
母の言葉の通りに下校しました。
机の引き出しにしまった教科書も、
部活で使っていたテニスラケットも、全部そのまま。
また明日から使うから。
当然、そう思っていました。
でも、その日下校したまま、
私は二度と学校に戻ることはありませんでした。
友達にサヨナラも言えず、
輝き出していた女子校生活は、突然終わったのです。
高校二年生の6月のことでした。
一晩で、東京から九州へ。
一家で、逃げるように引っ越しをしたあの夜。
15歳だった私は、その日以降
「何かをやり遂げる」ということに対して、
どこか他人事のような感覚を持ちながら生きるようになりました。
引っ込み思案だった幼少期を過ごし、
高校に入ってからテニス部に所属。
憧れの先輩に出会い、
次期部長に任命してもらえるまでに成長していました。
突然の転校は、
やっとやる気と、少しの自信を手に入れた
まさにその矢先の出来事だったのです。
何かを目指そうとしたとき、
やり遂げられない自分と出会うのが怖くて。
新しい世界には興味がない振りをし、
自分を表現することとは、
全く無縁のまま大人になりました。
その時の記憶は、もう断片的になりつつあります。
それでも、
親戚の家に辿り着き、
おばさんが出してくれたお昼ご飯を
泣きながら食べていた母の姿だけは、
今もはっきり覚えています。
親の都合で、
私の青春時代は輝かしいものとは言えませんでした。
それでも、
あの時、私を生かしてくれて、
激変した生活の中でも愛情を注ぎ、
大人になる基盤を与えてくれた両親には、
やはり感謝しかありません。
大人になった今、
あの時いちばん辛かったのは、
きっと親だったのだと思えるようになりました。
今年で、あの日から42年。
私は今、
50歳から出会ったドラムのおかげで、
同じ目的に向かって歩んでいける
同世代のバンド仲間と出会いました。
だからといって、
彼女たちと途切れた青春を
「やり直している」感覚は、不思議とありません。
お互いの過去を、
詳しく語り合ったかどうかも定かではない。
きっと、
一つや二つの過去はあるだろうと、
無意識に思い、受け入れながら
私たちは一緒にバンドをやっているのだと思います。
「過去なんか語らなくていいから、練習して!」
そんな声が聞こえてきそうです。
過去が人を作るのか。
目的によって人は作られるのか。
心理学では、よく語られる問いですが、
私の人生にドラムが加わったことで、
その答えは、どちらか一方ではなくなりました。
過去も、目的も、
どちらも抱えたまま、前に進めばいい。
そう思えるようになった今、
私はこの場所に立っています。