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あの夜の常磐道が、6年後の私を連れてきた——ひとり妄想ごっこが、未来の設計図だった話

私は「妄想」が好きなドラマーです(笑)

これから書くのは、ドラムを始めてから7年間の中でも、特に心に深く残っている、ある夜の実話です。
続けていれば、こんなこともたまには起きる。
そんな小さな体験として、今日はこの話を残しておこうと思います。

それは、2019年のことでした。
ドラムを始めて数か月。
ようやく、その楽しさを少しずつ感じられるようになった頃のことです。

仕事を終えた私は、真っ暗な常磐道をひとり、4時間かけて東北へ向かっていました。
体調を崩した母が待っている。
早く行かなくちゃ——その思いだけで、ひたすら車を走らせていた夜でした。

景色もなく、話し相手もいない常磐道。
あの時間は、今思い返しても、胸の奥が少し締めつけられるような孤独がありました。

そんな私の救いだったのは、カーステレオから流れてくる“推したち”の音楽でした。
その曲を聴きながら、私はいつの間にか「ひとり妄想ごっこ」を始めていたのです。

曲の中のドラムの音を追いながら、
「こんなふうに叩けている私」を、ただ想像する。

——小さな小さな会場で、バンドのドラマーとしてお客さんの前でドラムを叩いている私。
「いやいや、人前で叩くとかないから」

——願わくば、バンドメンバーは仲のいい仲間で。
「そんなメンバー、集められないし」

——お客さんも、できたら顔なじみの人たちで。
「誰がわざわざ私たちの演奏を聴きに来るの?」

——演奏曲は、もちろん推しのあの曲。
「感極まって、演奏どころじゃなくなるでしょ」

一つひとつ、ちゃんと自分でツッコミを入れながらも、
妄想は止まらず、どんどんエスカレートしていきました。

気がつけば、
「小さな小さな会場でドラムを叩いている私」は、
実家に到着する頃には、
「温浴施設の宴会場でドラムを叩いている私」にまで発展していたのです。

あの夜の妄想は、孤独を紛らわすための遊びだったのかもしれません。
でも今思えば、あの暗闇の中で私は無意識に、
「続けられたら、もしかしたらこんな未来が待っているかもしれない」
そんな希望を、心の先に描いていたのだと思います。

それ以降も、私はドラムを続けました。
思い返せば、イタイ経験の連続です。
それでも辞めずに、続けてきました。

そして、あの妄想のひとつだった
「バンドを組む」という夢も、少しずつ現実になっていきました。

あの夜から、約6年が経った頃。
友人から、一本のLINEが届きました。

「今度東京に行くから、その時にみんなのバンドの演奏を聴きたいの。時間、作ってくれる?」

その一言をきっかけに、バンドメンバーが集まり、
その日を支えてくれる仲間も集まりました。

そして開催された、小さなライブ。

あの夜、常磐道で描いていた妄想は、
6年という時間を経て、現実になったのです。

小さな会場で、ドラマーとしてお客さんの前に座り、
思い描いていたメンバーと、仲間と、大好きな音楽を共有する。

あの日のあたたかい時間を、私はきっと一生忘れません。

この経験を経て、
あの真っ暗な常磐道で
「人前で叩くなんてありえない」とツッコミを入れながら描いていた妄想は、
私にとって「未来の設計図」だったのだと、今は感じています。

誰にも見られなくても。
評価されなくても。
「本当はこうなりたい」と願う気持ちが、人を動かし、行動を起こさせる。

この常磐道のひとり妄想ごっこは、
引き寄せの話でも、特別な成功談でもありません。

ただ、行動し、続けた先に、こんなことが起きた。
その一例です。

ドラムを始めて7年。
私は何度も、妄想ごっこに救われてきました。

次の「温浴施設の宴会場でドラムを叩く私」が叶うかどうかは、正直わかりません。
それでも私は、これからもドラムを叩き続けていこうと思っています。