MIRAKANA Preludeへのご訪問、ありがとうございます。
私は、これまでの人生で積み重ねてきたすべての学びや経験を活かし、
多くの女性たちの声を聞き、その未来を拓くお手伝いがしたいとの想いから
この MIRAKANA Prelude を立ち上げました。
私自身、50歳からドラムを始めたことで、
人生が大きく動き始めました。
「こんな小さな切っ掛けでも、人生は変わる。」
この体験を、ただの思い出話しで終わらせず、同じような願いをもっている人のために役立てたい。
そんな想いが、このMIRAKANA Preludeの原点です。
18年半勤めた仕事を退職したことを機に、
2025年末、MIRAKANA Preludeを本格的に始動しました。
junkoの歩んできた道のり
<否定しない感性の原点>
私は、人生の中で幾度となく、
思いがけない出来事や試練に直面してきました。
幼少期はとても内気で、人と関わることが苦手な子どもでした。
友達と遊ぶより、一人で過ごす時間を好んでいたほどです。
しかし、思春期には、ある友人との出会いをきっかけに、
少しずつ友達と関わることの楽しさを覚えていきました。
高校2年生のとき、
親の事業失敗による突然の夜逃げと転校を経験。
その出来事を境に、
「わたしなんて」という感情を心の奥に抱えたまま生きるようになります。
転校先では、原付暴走族の仲間入りをするなど、
行き場のない心を抱えながら過ごしていました。
▶「机の引き出しに置いたままの青春」 42年後、私が「過去を語らないバンド」を選んだ理由
<結婚・子育て・介護が重なった日々>
23歳で結婚。
義母との同居による強いストレスから体重が激減し、
「結婚なんてしなければよかった」と
心の底から思い悩む時期もありました。
24歳で長男を出産。
生まれた直後、複数の箇所で医療的ケアが必要と診断され
長期入院が始まりました。
5年間で通算6回の手術を経験します。
その闘病期間中、
義母が脳梗塞を発症。
息子と義母、二人の看病が同時に始まりました。
<心と体の限界、そして再起>
35歳のとき、
突然のめまいと動悸に襲われ、外出が困難に。
診断はパニック発作でした。
数年間の服薬と、
「私の人生は終わった」と感じるほどの辛い状態を経験します。
その後、症状が落ち着き始めた頃、今度は夫が失業。
それをきっかけに働く必要に迫られ、
入社した会社で18年半勤務。
仕事を通して
「自分が必要とされている」という実感を得られたことで、
少しずつパニック発作とも折り合いをつけられるようになりました。
働きながら、
息子を大学まで卒業させることができました。
<50代からの新しい挑戦>
49歳で、ある音楽と出会ったことが切っ掛けとなり、
心に再び光が差し込みはじめました。
50歳で心の声に従い、なぜか突然ドラムの世界へ。
▶小さな街の「マックのある交差点」──私の人生が鳴り出した場所
55歳で念願だった主婦バンドを結成しました。この経験は、「人生は何歳からでも変えられる」ことを、体で知った時間でもあります。
54歳頃からは両親の介護が現実となり、
56歳で初孫が誕生。
現在も、仕事・介護・孫の世話が重なる日々を送りながら、
自分自身の人生も諦めずに歩んでいます。
Junkoがご提供できること
これらの人生の波を越えてきた中で、
私はいつしか
「人を否定しない」感性をもつようになりました。
人に与えられた時間は一日24時間。
けれど、その使い方も、歩んできた道も、
大切にしてきたものも、ひとりひとり違って当然です。
例外を除いてですが、人の生き方に正解を求めることはできません。
でも、あなたと向き合う時間の中で、人生の最適解を見つけていくことはできると、MIRAKANA Preludeは考えます。
あなたの過去、現在の状況、
心の中にある「やりたいこと」、「どうにもならないこと」。
すべてを踏まえた上で、進む道を少しずつ拓いていきましょう。
私には、「人を否定しない」感性があります。今のあなたのままで大丈夫です。
<守秘義務に付いて>
MIRAKANA Preludeでのセッションには、
守秘義務があります。
お話しいただいた内容は、
個人のプライバシーを尊重し、
ご本人の許可なく他言することは一切ありません。
どうぞ、安心してお話しください。
あなたの笑顔の明日を見つけていきましょう。